和尚のひとりごとNo159「ひとつ ひとつ いのち輝く」
中国においてお念仏の御教えを弘められた善導大師(613〜681)の書かれた『往生礼讃(おうじょうらいさん)』という書物の中に「日中無常の偈」というお言葉があります。
人生不精進(にんしょうふしょうじん) 「人生けるとき精進(しょうじん)ならざれば」
喩若樹無根(ゆにゃくじゅむこん) 「喩えば植え樹の根無きがごとし」
採華置日中(さいけちにっちゅう) 「華を採りて日中に置かんに」
能得幾時鮮(のうとくきじせん) 「よく幾ばくの時か鮮やかなる事を得ん」
人命亦如是(にんみょうやくにょぜ) 「人の命も亦是の如し」
無常須臾間(むじょうしゅゆけん) 「無常須臾(しゅゆ)の間なり」
勧諸行道衆(かんしょぎょうどうしゅう) 「諸々の行道衆を勧む」
勤修乃至真(ごんじゅないししん) 「勤修(ごんじゅ)して乃ち真に至りたまえ」
意訳をすると次の様になります。
「人として生きていく上で、自らを磨かぬ者は根の絶えた樹の様なものだ。
華を採り、日なたに置いておいたならば、その美しさはいつまで続くというのか。
我々のこの世の命も同じである。たちまちにして儚く消えるものである。
仏道を歩む者達に勧める。よくお念仏に努め励み、悟りを目指してお浄土に至れ!」
私達はどうかすると怠け心で日暮しをしてしまいます。若い時は色んな事に興味を持ち、目標を立てて、何事に対しても挑戦する気持ちも湧いてくる事でしょう。しかし年齢とともに体力が衰えてくると、気力も落ち、何に対してもやる気が起こらない時も増えてまいります。この世の命は儚い朝露の様なものでアッという間に消えて無くなるものです。この世の事だけに重きを置いて目標を立ててもなかなか夢を叶えられず、夢途絶えると益々気力は衰える一方です。しかし、目に見える今この世だけではなく、命尽きた後も往く世界がある。後の世を思う信仰心がしっかりしていれば、年齢は関係なく命輝き、この世を生ききる事が出来ます。信仰の根をしっかりと生やして、お浄土で花咲かせられる様に日々、共々に南無阿弥陀佛とお念仏を申して過ごして参りましょう。