和尚のひとりごとNo157「霊山冨士」
富士山は2013年6月26日に世界遺産に選ばれました。確かにその美しさは私たちの胸を打ちます。季節により、時間帯により、気候により、まったく違った様相をもってその姿を示してくれる日本を代表する山です。
しかし富士が注目を集めるのは、その美しさ故というだけには留まりません。世界中の山々がそうであったように、古来より富士は信仰の対象であり、かつては荒ぶる山として畏れられてきました。それは他ならぬ火山活動によるものであり、度重なる噴火が甚大な被害をもたらしたと伝えられています。
また古くは縄文時代に遡る遺跡もあり、私たちの遠い祖先たちも、富士の威容を遥か彼方に拝していたのでしょう。
やがて火山活動が沈静化に向かった平安期以降、実際に登りその霊力にあやかろうとする人々が増え始めました。中世には神仏習合の影響の下、富士そのものが仏たちが住む世界である両界曼荼羅に見立てられます。神々あるいは仏の住まう世界である山を登山しあるいは抖擻(とそう)すること、それ自体が大切な修行であると見なされます。
このように富士山への信仰の背景には、山に象徴される自然に対する畏敬の念が込められています。
近世には富士修験や富士講で大いににぎわいを見せ、修験者だけではなく一般庶民にも開かれた山となりました。現在では「御来光」を拝み、また「お鉢めぐり」を行うために数多くの登山者が富士を訪れていますが、これだけ多くの人を惹き付ける富士の魅力とは一体何でしょうか?それは富士登山を通して自分自身を見つめなおし、新たな意義を発見出来るからではないでしょうか?古来より私たちが抱いてきた霊山富士への思いが、今に連綿と受け継がれていることに感慨を深く致します。
合掌