Monthly Archives: 2月 2022

和尚のひとりごとNo879「一紙小消息23」

【原文】
行住坐臥にも報ずべし、彼の仏の恩徳を。

【意味】
日々の生活の中で、いついかなる時にも
阿弥陀仏の恩徳に対して、忘れず報いるようにしなさい。

和尚のひとりごとNo877「一紙小消息22」

【原文】
天に仰ぎ地に臥して悦ぶべし、
このたび弥陀の本願に遇う事を。

【意味】
天を仰ぎ、大地に臥し、全身全霊をもって悦びなさい。
この生涯で阿弥陀仏の本願に出会えたことを。

和尚のひとりごとNo876「偉人の名言16」

sugawara5菅原道真

海どころでなく、さらに深く満ちている
水の底までも清いというほどに清い私の心は、
天の月が照らして、明らかに見てくれるだろう

Sugawara_Michizane

和尚のひとりごとNo875「一紙小消息21」

【原文】
釈尊は「善哉、我が教えに随いて生死を離る」と知見し給い、
六方の諸仏は「悦ばしき哉、我が証誠を信じて、不退の浄土に生まる」と悦び給うらんと。

【意味】
釈尊は
「なんと悦ばしいことか、救いを求める念仏者たちは、
私の説いた教えに従って迷いの生死を離れるのである」と見通され、
六方の諸々の仏たちは
「なんと悦ばしいことか、彼ら念仏者たちは、
私たちがそれは確かなことであると証明した仏の言葉を心から信じて、
もう決して迷いの境涯に後戻りすることのない浄土への往生を遂げることができるのだ」とお悦びになっています。

和尚のひとりごとNo874「偉人の名言15」

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菅原道真

春の東風が吹くようになったら、
花を咲かせて香りを届けておくれ、梅の花よ。
私(菅公)がいなくても、春を忘れないでいておくれ。

Sugawara_Michizane

和尚のひとりごとNo873「一紙小消息20」

【原文】
阿弥陀仏は不取正覚の言を成就して、現に彼の国に在せば、
定めて命終の時は来迎し給わん。

【意味】
阿弥陀仏が、
四十八の願いが実現しないならば決して悟りを開くまいと決心された自身のお言葉を既に成就され
今、現に彼の浄土にいらっしゃるのであれば
臨終を迎えた者のもとに迎えに来て下さることは確実なのであります。

和尚のひとりごとNo872「偉人の名言14」

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菅原道真

(私が太宰府に流れる水屑となるとしても、
どうかしがらみとなってこの流れをせきとめてください)

Sugawara_Michizane

和尚のひとりごとNo871「一紙小消息19」

【原文】
行は一念十念なお虚しからずと信じて、無間に修すべし。
一念なお生まる、況や多念をや。

【意味】
実践については、たった一回や十回の念仏でも必ず実を結ぶものであると信じて
絶え間なく称え続けなさい。
たった一回の念仏でも往生できるのです。
ましてや数多くの念仏を称える者については言うまでもありません

和尚のひとりごとNo870「涅槃会」

「私がいなくなっても真理の法は生きている。
自らを灯明(ともしび)とし自らを拠り所としなさい。
法を灯明とし法を拠り所としなさい」
このような有名な言葉を従者アーナンダに残して、仏教の開祖釈迦牟尼が世を去ってから二五〇〇年の歳月が流れました。そして毎年2月15日は釈迦入滅を偲ぶ涅槃会を勤めるべき日とされてきました。
平家物語に「沙羅双樹の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)をあらわす」と詠われた釈迦入滅の地は、経典にはクシナーラ村と記されていました。入滅まもなく釈迦に因む四大聖地の一つとして巡礼の足とだえることはなかったと伝えられます。四大聖地とは、釈迦誕生の地ルンビニー、菩提樹下で悟りを開かれたブッダガヤ、初めて法を説かれたサールナート、そして入滅の地クシナガラ(クシナーラ)のことです。
時代が下るとインド本土においては仏教は次第に衰微し、仏教徒にとり大切な聖地も砂塵に吹かれ、土に埋もれ、忘れ去らていていきました。ところが19世紀になると、熱心な仏教国であるビルマやアジアに進出したきた西欧の列強により、仏教の遺跡の発掘を進められ再び陽の目を浴びることになります。ここ入滅の地クシナガラは、1876年には寺院跡に安置されていた涅槃像が発見されました。
歴史を残さない国といわれるこのインドの地で、既に失われた場所を特定するのは困難のきわみでしょう。ところがこれら古代遺跡の発掘の際には、遡ること1000年程も前の時代、さかんにインドを訪れた中国僧たちの記録が大変役にたったと言われています。特に7世紀の玄奘三蔵は、この地がすでにさびれ、寺院も十分な保護を受けていない状況とともに、その場所を特定する地理的な手掛かりを残していました。
現在は北インドに位置するウッタル・プラデーシュ州北東部のカシアと呼ばれるこの地は、かつて釈尊の時代には、マッラ国(末羅国)にある二大中心地のひとつとして栄えました。20世紀に入り仏教徒の手によって建立された涅槃堂には今も入滅のお姿をかたどった涅槃像が安置され巡礼の足が途絶えません。
35歳で成道を成し遂げ、45年間に及び遊行と説法に明け暮れ、数え80歳で生涯を閉じられた釈尊ですが、最後は病による肉体の苦しみを訴えられ、沙羅双樹のもとに身を横たえ最後の言葉を託しました。
諸行無常は世のならいであります。人として生きる道を身をもって示されたこのお姿は、今も私たちに語りかけているように思います。
無常なる世の中において、各々がなすべきことを為し懸命に生きよと。
合掌