Monthly Archives: 1月 2021

和尚のひとりごと「伝道掲示板236」

鳴鐘偈

『四分律行事鈔資持記(しぶりつぎょうじしょうしじき)』から。
南山律師と呼ばれた律の大家 道宣律師によって著わされた『四分律』に対する注釈をさらに釈した元照の作。

そしてこの『鳴鐘偈(めいしょうげ)』は、法要の為に本堂も荘厳され、導師をはじめとする役僧たちの準備がすっかり整ったのち、喚鐘(かんしょう)の音とともに唱えられる。

“願わくは諸々の聖者(しょうじゃ)と賢者がこの道場に入り来たり
また同時に諸々の悪しき境涯で苦しむ者どもが、その苦悩から逃れられるように…”

合掌

和尚のひとりごと「伝道掲示板235」

 法鼓文

まさにこの音をもって、全ての世間の衆生を覚らしめ
はかり知れないほど存在する全ての世界を
光明が遍く照らさんことを

“法鼓(ほうこ)”とは太鼓のこと。その音の勇壮たる響きは、仏の説法を戦闘での進軍にたとえたもの、あるいはその説法が我々を迷いの泥から救い上げ、目覚めさせようとする様を表しているといわれる。
いよいよ勤行の開始を迎えるとき、大衆はこれを聞いて集まり、威儀を整え、座次を定めて、式次第などを確認する。

和尚のひとりごと「伝道掲示板234」

警覚偈

敬白大衆 生死事大 無常迅速 各宜醒覚 慎勿放逸

うやまってだいしゅうにもうす
しょうじじだいむじょうじんそくおのおのよろしくせいかくすべし
つつしんでほういつなることなかれ

大衆に生死が一大事である。
それにも関わらずこの世が無常であり一刻も猶予なき事を知らせ、
各々がよく目を覚まして、放逸なる生活を戒めようとする文。
早朝、大衆の覚醒を促すのはこの偈文とそれに続いて打ち鳴らされる版木(ばんぎ)の音である。

禅宗では六祖慧能禅師の残した言葉として伝えられている。
生死事大(しょうじじだい)
無常迅速(むじょうじんそく)
各宜覚醒(かくぎかくせい)
慎勿放逸(しんもつほういつ)
                                                                                    〔六祖壇経〕

和尚のひとりごと「伝道掲示板233」

 洪鐘偈

(意味)
願わくはこの鐘の音が全世界に響きわたり、鉄囲山に取り囲まれた迷いの世界の全ての衆生がそれを耳にして、三悪道の苦しみから離れて、極楽浄土に生を受け、かの地で悟りの境地へと到達できますように

鉄囲とは鉄囲山(てっちせん)のこと。『倶舎論』によれば我々の住む世界の中心にそびえたつ須弥山(しゅみせん)を取り囲むようにして九山八海(くせんはっかい 九つの山脈と八つの大海)があり、その中で最も外側にある鉄の山のこと。鉄囲山に囲まれた世界という意味で、我々の住む世界を表している。
幽暗は煩悩に曇らされ迷いの暗中にある凡夫のあり様を示す。
三途は地獄道、餓鬼道、畜生道と呼ばれる三つの悪しき境涯(三悪道)を指す。
安養は西方極楽浄土のこと。「極楽」の異訳として康僧鎧訳『無量寿経』には「安養仏」や「安養国」という表現がある。

鐘(お寺の梵鐘)を打つ前に十方世界の衆生に法要の始まりを告げること、あるいは日常における時刻の合図として用いられ、この偈文は「鐘を打つ時唱念すべき文」(『諸回向宝鑑』)とされている。

合掌

和尚のひとりごと「伝道掲示板232」

 警覚偈

(意味)
大衆方に敬意を表して申し上げる。
生死は仏教の一大事、時間は留まることなく速やかに過ぎ去っていく
各人はよく目覚めて修行に励み、決して怠惰・無為に過ごすことのないように

修行僧の朝は役僧によって打ち鳴らされる版木(ばんぎ)の音で始まる。その際に高声で唱えられる偈文。

生死事大(しょうじじだい)
無常迅速(むじょうじんそく)
各宜覚醒(かくぎかくせい)
慎勿放逸(しんもつほういつ)
禅宗の文献『六祖壇経(ろくそだんきょう)』の中に六祖慧能禅師の言葉としても伝えられている。

合掌

和尚のひとりごと「伝道掲示板231」

別回向⑩

(意味)
天災地変(天変地異や災害)により
あるいは国家などの犠牲により、また不慮の事態で亡くなった 三界の全ての精霊に
仏法に結縁した者たちも、その縁に恵まれなかった者どもも
あらゆる世界に到りくまなく、平等の利益がもたらされるように

殉難とは自分を超えた存在の為に命を落とすこと。
横死は思いがけない、予想外の事故や病気などで命を落とすこと。
三界は欲界(よくかい)・色界(しきかい)・無色界(むしきかい)の事で、有情が生まれ変わり(輪廻転生)を繰り返す三種の生存境界を指し、五趣(異説では六趣)つまり六道輪廻に同じ。これは迷いの境界であり、浄土教においてはそこを厭い離れて出離し、浄土へ往生する事が目指される(厭離穢土欣求往生 おんりえどごんぐじょうど)。
法界は全宇宙の根源、あるいは真如(真実の姿)のことだが、ここでは全世界・全宇宙という意味。

別回向のお勤めの最後に読み上げることが多い回向文である。

合掌

和尚のひとりごと「1月25日は、浄土宗の宗祖法然上人のご命日)」

1月25日は、浄土宗の宗祖法然上人のご命日に当たります。その生涯の長きにわたって、尊きお念仏の教えを広められた元祖上人は、建暦2年(1212年)1月25日、御歳80歳の時、京都市は東山の大谷(おおたに)の禅房、現在は総本山知恩院はあるところで入滅され、そのあとには門弟たちによって廟堂が建てられてご遺骨が奉安されました。


毎年、ご命日に厳修される法然上人御祥当忌月法要の際には、遺言(ご遺訓 ごゆいくん)として私たちに伝えられている『一枚起請文』が高らかに拝読され、お念仏の声が山内に響き渡ります。勢観房源智上人の懇請で書かれたというこの『一枚起請文』には、愚者に立ち返りただひたすらに念仏申すべきことが記され、800年のちの世を生きる私たちも、あたかも一筋の光明の如く浄土への道筋を示して下さっています。


また法然上人の忌日法要を「御忌(ぎょき)」と呼びならわしていますが、「御忌」とは元来は、身分高き人、天皇や皇后の忌日法要に対する敬称でありました。それが大永4年(1524年)に、後柏原(ごかしわばら)天皇によって出された「大永の御忌鳳詔(ほうしょう)」という詔勅(しょうちょく)以来、勅会(ちょくえ)としての法然上人の御忌が勤められるようになりました。「毎年正月、京畿の門葉を集め、一七(いちしち) 昼夜にわたって法然上人御忌をつとめ、はるかに教えの源をたずねよ」。そのような命だったそうです。
その「御忌」も本来は1月18日よりご命日当日の25日まで勤めるものでしたが、知恩院では明治時代に旧暦の1月から時候の良い新暦の4月に変更されて今に至ります。


そのご命日に厳修される法然上人御祥当忌月法要の際には、京都市内を練り歩く念仏行脚も行われます。これは元祖上人を追慕しその遺徳を偲ぶためのものですが、きっかけとなったのは上人滅後15年経った嘉禄3年(1227年)に我が浄土門を襲った法難である嘉禄(かろく)の法難です。天台を始めとする旧仏教勢力と新興であった浄土の教えやそれを奉ずる人々との確執は上人生前からのものでしたが、天台僧定照による法然上人の『選択集』に対する非難の書『弾選択』に対して、隆寛律師が『顕選択』で反論したことにより、その対立は比叡山に舞台を移し、結果的に旧勢力は専修念仏停止(せんじゅねんぶつちょうじ)を求めたばかりか、法然上人の遺骸を掘り出して鴨川に流そうとしました。結果的には、信空と覚阿により遺骸はひそかに嵯峨へ運ばれ、太秦(うずまさ)広隆寺を経て、後には西山粟生野(あおの)幸阿のもとで荼毘(だび)に付されました。これがのちの光明寺(西山浄土宗総本山)となります。この法難で数多くの念仏者や関係者の掃討が行われ、『選択集』は謗法の書として版本・版木の焼却処分まで要請される始末でした。


この嘉禄の法難は三大法難に数えられるほど事件でしたが、愚鈍なる者が念仏によって救われるという教えが、当寺人々の眼には如何に革新的に映ったかという事が伺われます。
さて浄土宗では毎月25日を世界平和念仏の日と定め、念仏結縁の日としています。


元祖法然上人のご命日となる今月1月25日が、皆さまにとりましても今一度元祖上人の御教えのありがたさを感じ、改めてお念仏を申して頂く尊いご縁となれば幸いです。

 

和尚のひとりごと「伝道掲示板230」

別回向⑨

(意味)
戦争で命を断ち、病に倒れた全ての精霊
あるいは戦災により亡くなった者たちが
自分を怨んだ者も、反対に味方となった者も、皆平等に大いなる悟りの智慧を得られるように

合掌

和尚のひとりごと「伝道掲示板229」

別回向⑧

(書き下し文)
新亡中陰の諸精霊等の、神は浄域に超え、業は塵労を謝し、仏を見、法を聞きて速やかに無生に入らん

(意味)
新たに亡くなった者も、今中陰の期間にある者も、全ての亡者の魂がきよらかなる国土である西方浄土へ入り、(浄土往生の為の正しい)行いである(念仏)が、心を疲れさせる生来の煩悩を退け、仏の御前にてその教えを直々に聞くことで、速やかに消滅変化を離れた真実の世界にたどり着くように

四十九日間続く中陰は有情の生存の流れを四段階(四有 しう)に分けた中で、母胎などに受精する瞬間(生有 しょうう)、以降臨終の間際まで(本有 ほんぬ)、そして死の瞬間(死有 しう)に続く次の生有の直前までの期間をいう。「中陰」は死有と生有との中間の五蘊(ごうん)という意味で、「五蘊」は身心を構成する五つの集まり、つまり生存そのものの意である。「中陰」は旧訳であり、玄奘以後の新訳では「中有 ちゅうう」と呼んでいる。
この生存形態を認めるか否か、古来アビダルマ時代より意見は二分され、さらにその期間についても諸説あったと伝えられているが、現在の中国・台湾やその流れをくむ日本のみならず、チベット系の仏教においても四十九日は重視され、次の生存形態が決定するあるいは解脱や浄土への往生が決まる大切な期間であると言われている。
中陰中に香を絶やさない習慣は、欲界の生存の中有は香を食すと言われる為で「食香」とも呼んでいる。

神は心・ 精神のこと。
超は、中間過程をとびこえて完全なさとりに入ること、浄土への速やかなる往生とかの地での成仏を願ったものか?
浄域は清らかな地域であり、西方極楽浄土のこと。
謝は、退ける・縁を切ること。
塵労は、心をわずらわせ、疲弊させる煩悩のこと。塵(ちり)とは六塵(ろくじん)と呼ばれる色(しき)・声(しょう)・香(こう・味(み)・触(そく)・法(ほう)を指し、これら感受の対象と六根(ろっこん)と呼ばれる感覚器官が触れることにより煩悩が起きるとされる。また心が本来は清浄でありそれに付着して汚すものが煩悩であるという意味で客塵煩悩(きゃくじんぼんのう)と表現することもある。
無生は生ずることがない、消滅変化がない無分別の境地、すなわち悟り・涅槃のこと。有為(因縁によるもの)に対する無為(因果を離れた不生不滅のあり様)に同じ。伝統的に無為と涅槃は同義であると考える。浄土を無為涅槃界と捉える時、往生することがこの無生の体得につながる為、往生を「無生の生」と呼んでいる。

合掌

和尚のひとりごと「伝道掲示板228」

別回向⑦

(書き下し文)
当寺開基以来諸檀越 日牌月牌 諸精霊等の菩提を増進せん

(意味)
当寺が開基されて以来、寺や僧侶を支えてきた諸々の檀越
さらには日々あるいは毎月のように位牌を祀り供養している諸霊たち
その他諸々の先だった精霊等の悟りがますます増大し進展するように


開基は開山と対に用いられる。
開山が寺院を創建した上人を指すのに対して、開基は寺院創建時の世俗の経済的支持者、即ち創建時の中心的檀越をそう呼ぶ。
檀越はdānapati(ダーナパティ)の音写語で「恵む者」の意。檀家・檀徒・檀那などと同義で用いられる際は、寺への寄進や僧の衣食住の援助(布施)をする事で寺院を支える立場の人のこと。
毎日のように位牌を祀って供養することを日牌、毎月供養することを月牌という。
精霊とは衆生の魂、ここでは亡くなった者の霊のこと。

合掌