伝道掲示板
和尚のひとりごと「伝道掲示板368」
”錐の先から芥子粒が落ちるが如く、愛着と憎悪と高慢と欺瞞とが脱落した人
このような人を、私はバラモンと呼ぶ。
荒々しい態度に出ることなく、物事の本当の姿を明確に伝え
言葉によって何人の感情をも害することなき人
このような人を、私はバラモンと呼ぶ。
この世において、長いものであれ短いものであれ
微細なものであれ粗大なものであれ
浄らかであろうと汚れていようと
いかなるものについても、与えられていないものを取らない人
このような人を、私はバラモンと呼ぶ。
現世に望みを持たず、来世にも望みを持たず
欲求を持たずして、捉われのない人
このような人を、私はバラモンと呼ぶ。”
バラモンとは尊敬に値する人を指している。
ここに表されている釈尊が理想とした人格は
私達もまた目指すべき沙門の姿である。
和尚のひとりごと「伝道掲示板364」
”牛飼いダニヤはこのように言った。
成年に達した牛もいれば、未だ乳に頼る幼い牛もいる。
既に孕んだ牝牛もいれば、やがて交尾を行うであろう牡牛もいる。
そしてこれら牡牛たちの主である牡牛さえもいる。
天の神よ もし雨を降らさば降らせ。
釈尊は仰った。
私には成年に達した牛もいなければ、未だ乳に頼る幼い牛もいない。
既に孕んだ牝牛もいなければ、やがて交尾を行うであろう牡牛もいない。
そしてこれら牡牛たちの主である牡牛さえもいない。
天の神よもし雨を降らさば降らせ。”
牛はかけがえのない財産である。
在家にある身にとってそれは天が及ぼす災害に対しても備えとなるだろう。
しかし家なき身となった釈尊にとり
執着に値する財を持たない事こそ、将来に対する何の気苦労や慮りも持つ必要のない
真の自由の証であった。